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+ 山下里加
+ 小山田徹(こやまだとおる)

1961年生まれ。京都府在住。1984年、京都市立芸術大学在学中にパフォーマンス集団、ダムタイプを立ち上げる。
主に企画構成、舞台美術を担当。国内外での公演多数。
1992年、コミュニティセンター“Art-Scape”を運営。
1994〜96年、“Weekend Cafe”を運営。
1998年、コミュニティカフェ“Bazaar Cafe”の立ち上げに参加。
2000年、ダムタイプでの活動を休止。個人活動を開始。
2001年、共有アトリエ T-Room の立ち上げに参加。山口情報芸術センターのプレイベントとして、市民との協働プロジェクトを開始(現在も継続中)。
2002年、『Beautiful Life』展(水戸芸術館)出品。
2003年、『ガーデン/山荘の時間』展(アサヒビール大山崎山荘美術館)にて、連続ワークショップを開催。

1月16日(金)7:01PM from小山田 猫道はスケートリンクの上にも

山下里加様

年末は私どものアトリエの忘年会に来て頂き、ありがとうございました。私は正月は妻の実家(京都)で過ごしました。昼間は喫茶六花で妻と働き、夜はお父さんとお酒テレビでのんびりでした。4日には生まれて初めてスケートに行きました。スケート靴で氷の上に立つなんて凄い事だと体感しましたね。なんとか滑れるようになったのですが、すいすいと後ろ手で滑るおとうさんや妻を見て家族間格差を感じました。私の家族(鹿児島)ではスケート行く事はなかったなー・・・。
さて、家族のお話ですが・・・。今回は少し長くなります。
私は1994年ぐらいから、家族(両親や兄弟)を交えたプロジェクトを様々に試みてきました。それまではダムタイプの活動をしていて、一回も親に観てもらった事もなく、又、自分がやっている事を話した事もなかったのですが、S/Nというプロジェクトをダムタイプで始めて、エイズの様々な問題を考え、活動していく中で「家族」を改めて考える事が多くなったのです。世界には様々な家族の形態があり、新しい概念の家族もたくさん出来ているのを目の当たりにしました。メンバーにHIV感染者がいて、友人という関係からもう少し大きな家族という関係に発展してケアーをしていくという試みをしながらダムタイプの活動をしていました。私達の周りの友人達とは本当に面白い、新しい共同体のヴィジョンが共有され、様々な活動に発展していきました。今迄の家族を中心とした共同体から友人関係を中心とした共同体へ。可能性を感じていました。しかし、その共同体に血族(親、子供、兄弟)がからむとなかなかうまく進まないのです。例えば、エイズ感染のカムアウトやセクシャリティのカムアウトは友人達や社会に関してはなんとか行うが、家族に対しては最後まで後回しになるケースが多いのです。ダムのメンバーに関しても家族が事実を知ったのは死んだ後でした。案外、一番乗り越えにくい壁が肉親なのかなと思ったのです。そこで、少しずつ肉親を混ぜた企画を生活の中に増やして、関係を積極的に変えて行く事が重要かなと思ったのです。まず、その頃運営していたアートスケープのメンバー達の親を招待した「夏のお食事会」というのを開催しました。親どうしを子供込みで出会わす企画でした。ほとんどの親が、娘、息子達が何をしているのか、どんな人たちと一緒にやっているのか分からないでいたのですが、集まってみると、ゲイ、レズビアン、無職、自称芸術家、風俗関係、スキンヘッド、金髪、大学教授、学生、高校生、エイズ感染者、痔わずらい、水虫煩い、などなど実にバラエティに富んだ人々の集まりなんですね。もちろん、親を亡くした子もいるし、片親の人もいる。年齢層もばらばら。それぞれの親は最初はとまどっていたのですが、親どうしで共通の悩みを話したりする内に、色んな人々と話し始めてとても楽しい食事会になりました。お互いの顔が見えるというのは強いですね。又、子供達も自分の親を横にして友人達としゃべるという嘘のつけない状況がとても刺激的でふだん家族ではしゃべれない話をできたりしていました。その後、それぞれの活動に親の理解が少しは得られた機会となりました。又、親どうしが連絡しあい、私の親(鹿児島)のところに旅行で泊まりにいく親が出たりして、面白い状態になりました。
それ以来、味をしめて、自分の企画にも親をからめる事を始めました。
今回の写真はその企画の一つの屋台のプロジェクトの写真です。
屋台をいくつか作って、お酒を飲みながら、色々な物をお客さんに作ってもらう企画で、お香立ての色付けやカラス板などを作るのですが、マスターを色んな人にやってもらう企画でした。親を鹿児島から呼んでマスターをやってもらったのですが、親の屋台は大人気なんですね。話しやすのと、若いお客さんにとっては自分の親にはなせないけど親と同じくらいの母や父には話せたりするみたいで、人生相談の場になったりするんですね。企画が終わってからも母と文通する人もいたりして、親も楽しかったのか、味をしめて、その後も私の企画には気軽に参加してくれるようになりました。私も、親と生き方の話や表現の話など、様々な価値観に関して話し始める事になりました。その後、バザールカフェというコミュニティカフェの企画では、母手作りのお味噌を鹿児島から送ってもらって料理に使ったりして、私の生活の活動に少しずつ参加してもらえる様になりました。結婚を機に、妻の家族が増えたので、ファミリープロジェクトとして喫茶店をやる提案をして、妻の家族でやる事になり、去年の3月から喫茶六花として始めています。私の両親も無農薬の野菜を作って送ってくれています。友人達も妻の両親達と知り合いになり、様々なものが混ざりつつある今日この頃です。
混ざるというのは本当に面白いですね。色々と難しい事もあるけれど、その混ざった状態で、色んな事態に直面すると、いい解決策がでたりするもんですね。新しい家族の関係というのは、色々な形態の多様な試みが生活の中で少しずつ混ざることによって作られるのだと思います。時間はかかるよね。

とりとめのない話しを長々としてしまいました。
今日は、こんな所で・・・。
では、又。

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