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<花形能舞台>の人びと〜上野雄三

上野「僕ね、高校を出る時、就職するか、能楽師になるかっていう選択肢があって、能楽師になるって決まった時に、一時期、太鼓方になりかけてたんや」

ええ?!太鼓方!

上野「うん。父が推してた。義雄兄さんは大皮(=大鼓)に行ったでしょ。でも、義雄兄さんも元々は笛方に行きたかったんや。もちろん、初めはシテ方から始まってんねんけども。父が、シテ方は一人でええって、朝義兄さん(ともよし/シテ方観世流)だけでいいって言うて。んで、ま、吉田太一郎(よしだ・たいちろう/大鼓方大倉流)先生が親戚筋やし、そこに継ぐ人もいなかったんで、ほんで、義雄をあこで修業さすって言うて」

兄弟で同じものをやるともめるって言いますけど、お父様もそない考えはったんでしょうかね

上野「ほんで、僕の場合は、シテ方っていうのは人口も多いし、囃子方は、特に太鼓方は周りを見ても少なかった。僕ら、三島太郎(みしま・たろう/太鼓方金春流)先生にお稽古していただきましたけど、息子さんの元太郎先生は東京やったし、その当時、大平先生もいてはったけど、そのあとは、上田悟さんしかいてはれへんかったもん。それで、父は太鼓へ進ませたかった」

でも、雄さんの太鼓方って、全然、想像出来へん(笑)

上野「でしょ(笑)。父も三島先生に言ったことがあたんかもしれへんけど、かなり熱心に教えてくれはってね。お稽古場に伺ったら、いつも、太鼓を上げて(=締めて打てるように準備する)。だから、かなり、そっちのほうへ行く感じやった」

へえ。

上野「せやけど、それを止めたんは、うちの一番上の姉。シテ方へ行けって」

お姉さんは、なんでそう言わはったんでしょう

上野「やっぱし、義雄が大皮に行ってしまったし、朝義がお家元のところへ内弟子に行かしていただくことになって、そのあと、女ばっかりになってしまってね。姉ちゃん二人と僕だけですもん。せやから、朝義兄さんの留守の間、まあ役に立ってへんけど、男やし、それなりに、いろいろやらしてもらった貴重な時間になってるし」

なるほど

上野「兄さんが内弟子に行ってる間に、長女も、その下のきよ子姉さんも結婚して、たちまち誰もいなくなってしまって。せやから(シテ方を)継いでてよかったな、と思う。でも、反対がなかったら、もしかしたら太鼓方になってたかもしれへん」

わからへんもんですね

上野「せやから、太鼓はいろいろ教わったし、笛も、森田光治(もりた・みつじ/笛方森田流)先生と赤井藤男(あかい・ふじお/笛方森田流)先生、2代でね、啓三先生にもちょっと教わったし。せやけど、あとの鼓と大皮はなかなか…。大皮は吉田太一郎先生やったけど、怖かった」

私は、もう晩年のお姿しか存じませんけど

上野「もう、まず服装。僕らの若い頃、長髪が流行ってて、稽古の時に、なんせ髪型が長いとか汚いとかがダメで。すっごいお洒落な師匠でねえ。ほらもう、綺麗ぇにしてはって、お年を召してても髪型も乱れない、ピシッとしてて、ファッションもすごくお洒落で。で、それが怖くてね。お稽古に行く時に、長い髪を、こうギュッと収めて、スプレー使って後ろへやって(笑)、後頭部に髪がガバーッとあるわけよ(笑)」

(笑)変な髪型!

上野「エイリアンみたいになってたんちゃう?(笑)。『二人袴』やないけど、後姿を見せないという(笑)。横移動で先生に正面しか見せない(笑)。苦労した(笑)」

うはははは(笑)。じゃ、お鼓は?

上野「鼓も大皮も吉田先生で、養成会の鼓は中川隆夫(なかがわ・たかお)先生。そうそう、中川先生がお休みで、大倉(長十郎/おおくら・ちょうじゅうろう/小鼓方大倉流15世宗家)先生やった時、それも、なんもわかれへん時に、『安宅』(あたか)を稽古していただいてん。結構やさしく接してくれはって、でも、怖いっていう意識しかなかった。大倉先生にお稽古していただいたんは、その1回だけ」

大倉先生は1回だけですか

上野「そう、1回だけ。もう、緊張して、さっぱりわからへん。謡、謡わはって、張り扇で鼓のとこ打ってくれはるから、それに合わして打ってんねんけど、何やってるかわからへん。ずうーっと延々とわけのわからんこと打ってて…、やっと知ってる言葉が出てきてん。そしたら、ずっと『安宅』の<サシ>からやっててん(笑)。僕ら、そんなとこからやってへん。‘げにげにこれも心得たり’くらいからしか頭にも入ってへんし、お稽古始めたばっかりの頃やから、まだ謡もあんまりわかってない、もう順序だけで覚えてる時やったから。なんもわからへんから、‘これ曲を間違うてはるわ…’と思って(笑)。でも、合うてたんです(笑)。なんやろこれは?って延々と思ってたら、終わりかけになって、知ってる言葉が出てきた(笑)」

(笑)『安宅』の<サシ>は最初のほうやし、‘げにげに’は、終わりのほうですもんね(笑)。鼓の稽古って、普通は舞囃子の‘げにげに’からしかお稽古しないですもん

上野「せやけど、優しゅうやってくれはった。もっと怖いっていうイメージやったから」

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