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話は現代に戻る。
お姐さん「今、散財どころの騒ぎやおまへんな」
この頃ほんまにねえ、みんなそういうお客さんがいてはれへん言うて。
師匠「お客さんより、芸妓はんがおれへん」
今、北に全部で芸妓さん何人いてはります?
お姐さん「23人かな」
そいでも23人いてはるんですか。
お姐さん「そや、中にはあんた、働らかん妓もいてますやろ。年いって」
師匠「そらそやわな。…去年やったかな。祇園の井上八千代さん、先代の(=四世八千代=井上愛子)。ま、あとがでけた(五世)いうような時に、祇園で今、散財(の三味線)弾けるのが二人しかおりまへんね。せやからねえ、あれだけはねえ、家元あらへんしね(笑)。長唄や常磐津や清元は家元がおって、そこへ行たら教えてくれよるわ。この散財の三味線だけは、騒ぎやとかやね、俗曲は、ないでしょ?師匠というものが。せやから、花柳界が伝えてたんや」
お姐さん「チントンシャンて散財おせて(教えて)くれ言うて、どない怒られたかわかれしまへん。なんしぃ商売してはんねや!お座敷行て覚えなはれ!てね。絶対教えてくれはらしまへん。せやから、ジャンジャラジャンジャラ、ガンガラガンガラなんや弾いてますん、それが散財らしかったんでんな。そんなことお姐さんに言うたらまた怒られるけど、知らんいうことは絶対にあきまへんねや」
師匠「ほぉん、ほな、勝手に覚えるんでんな」
お姐さん「覚えんのは勝手やからね。おせてくれちゅようなこと言うたらボロクソ言うような。せやからもう、なんどき、いつ、歌わされるやらわかれへんからね。それが怖うおましたわ。酔うてても。そのくせ、呑みなはれ言わはんねや。で、コップやろ?酔うたらいかんねん。それで、酔うがな、私らかてなあ、ちいさい(=若い)時分やからもう。クァーッとフラフラ〜ッとしたら、もっと呑んだらシャンとする!言われて。そやから、クーッと…」
それってイジメですやん。
お姐さん「そうやって熟練させはんねん。で、カムフラージュせなあかんのに、あほやからグーッと呑むやろがな(笑)」
師匠「そのうち酒が好きになって(笑)」
お姐さん「そうでんねや。それで上がりまんねんな」
それ、イジメいうより修行やね。
師匠「ま、修行と言やあ修行やな(笑)、それも」
お姐さん「私らも大西屋いうところで奉公してましたからな。大西屋の主人が言いましたもん。お酒呑むのも一つの芸やでて」
師匠「そらそうですわなあ」
お姐さん「お酒呑んで帰ってきたらな、おかあさん(=女将)起きてないかしらんけど、おとうさん(=主人)な、どないやった?って、いろいろ言わはりますねん。せやから、酔うた目で、ああでこうで言うてね、言うたらまたよう聞いてくれはって」
師匠「大西楼言うたら」
お姐さん「検番(=けんばん。料理屋・芸者屋・待合茶屋の三業組合の事務所、また、芸者の取次ぎや送迎、玉代の精算などをした)ですわ。ほいで、芸者さんの養成もしとおりましたん。そやから私らも養成で育ててもらいましたんや」
大西席、平田席、富田席…。
お姐さん「永楽な。ようけおました店が…。南もだいぶ少のうなりましてんな」
師匠「南はもう、お茶屋があれしまへん」
お姐さん「そうやてなあ…」
師匠「大和屋だけですわ」
検番という言葉は今でも言うてますか?
師匠「東京では言うてまんなあ。東京もな、さびしいと言うか、もうほんまに、柳橋も…、新橋もあないに仰山おったのにね、今は数えるほどですわ。神楽坂はないようんなってもた。吉町もないし…。であの、向島が残ってるらしいですな」
お姐さん「向島、洋楽の楽器のほうが発達してるからね。カラオケですわ」
師匠「あ、カ、カラオケ…」
お姐さん「こないだもね、いっぺんはじめて向島で<上方おどり>をやらはってね。地方に行ったんですねん。そしたら、済んだ思うたら、ドンガラガッチャンチャッチャンかかってきますねん(笑)。はよやってよかったなあ、言うて(笑)。いやあ、こないなことになってる言うて。私ら向島言うたら粋に思いますやん」
師匠「ほうでんがな。いやあ、それでもまだ、お茶屋と名のつくものがあって、芸者と名のつくものがおるんですわ、向島はまだ」
お姐さん「せやから発達してるらしいでっせ、向島は。せやけど今言うたカラオケが流行ってるからね」
よく東京へお仕事で行かれるから。
お姐さん「お蔭様でな、大阪より東京のほうがよう売れますねん」
師匠「もうほんまにね、東京は、ありがたがってくれるさかい。吉村雄輝さんがね、あの姐さん(=駒香姐さん)倒れたら、わて困ってまうねん、よう言うて、おのれが先倒れてまいよった…」
お姐さん「惜しいなあ。ほいでまたすぐにええ子、お弟子さんがまた、雄輝夫さんが死にはりましたやろ。ええお弟子さんやのに惜しいなあ思いまっけど」
師匠「いや、あの人(雄輝さん)の舞はね、なんにも知らん人が見てもええというもんなあれ…、無駄な動きがないさかいね」
せめてもう10年ねえ、誰でも思うことでしょうけど…。
師匠「せやけど10年生きて、身体が衰えてしもて、舞うこともできず生きてるというのはね、いややと思うわ」
お姐さん「やっぱりね、やらせてもろてるいうのは幸せやと思いますわ。つくづく思いますわ、このごろ」
師匠「そら、できてるいうことは、有難いことでっせ」
お姐さん「ほんまにねえ。まあ、いつまでやれまっしゃろ。まあ、私も幾ばくもないから、皆が心配してくれて、大事にしとくんなはるん」
師匠「ほんま、大事にしとくれやす…」
これでまとまったように見えるが、実は、会話はこれから佳境に。
いろいろな話題で盛り上がり、次第にお二人も饒舌に。
そして、必ず間にお酒の話が入る。
ぽぉーっと上気したお二人のお顔のきれいなこと。
この<逢瀬>は、米朝師匠もずっと待ち望んでいらっしゃった念願のものだったそうだ。
いつもよりもっと若やいで嬉しそうな米朝師匠。
駒香姐さんも粋なものだ。
「はあ、ええ具合になってきたわ。…独りじゃあ寝られんやな、こら」
くーっ、たまりません、この会話。
あっという間に過ぎてしまった楽しいひととき。
ほどよい緊張感と、人に気を遣わせない心遣い、適度に色を含んだ会話…。
まだまだ続くこのお話は、次回「ぶちの独り言」から連載したい。 |
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