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吉田簑太郎
本名宮永豊実。1953年大阪府生まれ。人形遣い二世桐竹勘十郎の長男。1968年に三世吉田簑助に入門。翌年、初舞台を勤める。阿倍野文楽(近鉄アート館)、文楽「いろは座」公演プロデュース(浄るりシアター)、小学生へのワークショップ(高津小学校)など、多彩な活動を展開している。

 「文楽」は、とっても不思議な芸能だ。
 物語やセリフを語る「大夫」、情況と心情を奏でる「三味線」、演じる「人形」の三業が、ひとつの舞台を作っていく。西欧音楽のように指揮者はいない。互いの“息”を読みながら、自分の芸を舞台にのせていく。
 さらに、ひとつの人形を3人の男が、“頭と手”“左手”“足”に分かれて操る。観客には、黒子を着た男達の姿が見えている。だけど、人形遣いの技が発揮された時、人は消え、人形だけが現れる。
 不思議な芸能。
 では、文楽の世界にいるのも不思議な人達? 小さい頃から特殊な修業をしてきた人? いえいえ、文楽は世襲ではなく、自分の意志でこの道に入る。誰にでも門戸は開かれている。
 4月公演で、三世桐竹勘十郎を襲名する人形遣いの吉田簑太郎もそのひとり。父は二世桐竹勘十郎だけど、将来を強制することはなかったそう。漫画好きの普通の少年が、文楽に魅せられていった様子を、1960年代の文楽の状況と合わせてうかがった。

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