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ところで、今回のインタビューの本題、襲名公演のことをお聞きしたいのですが。文楽では、襲名はよくあることなんですか?
「大夫、三味線はけっこう襲名することがあるのですが、人形はめずらしいですね。文楽協会になってからの人形遣いの襲名は、昭和47年の吉田玉松さん、昭和57年に吉田文吾さんに続いて僕で3人目です」
文楽は世襲制ではないのですよね。
「そうです。血縁は関係なく、弟子が師匠の名前を継ぐのが通常ですね。二世桐竹勘十郎は、僕にとっては、血のつながった親父ではあるのですが、師弟関係はない。だから、けっこう悩みましたよ」
襲名のお話は誰から?
「簑助師匠から去年の2月にお話をいただいたんです。突然だったので、しばらく考えさせてくださいとお答えしました。師匠からは『決めるのは自分だが、継ぐのなら今の時期だ』と言われました。僕は今年、入門35年目を迎えて、50才になる。ちょうど節目といえば節目かな、と。偶然といえば偶然ですが。それに、二世勘十郎の名前と芸を覚えている人がいるうちに継いだ方がいいと言われたんです。『ああ、勘十郎という人形遣いがいたな、目に残っているな』と言われているうちに」
お父さんは、昭和61年(1986年)に亡くなられたんですよね。先代の芸を知っている人からは、どうしても比べられてしまいます。
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| 平成10年。『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)』の「笑い薬」の段。悪者に味方する医者の祐仙が、だますつもりがだまされて、笑い薬を飲んで数分間笑い続ける。父の二世桐竹勘十郎の持ち役でもあり、この役は他には渡したくないと勘十郎も言っている。 |
「もちろん、それは覚悟の上です。しんどいですけれどね。まあ、もう開き直ってやるしかないでしょう」
先代の二世勘十郎は、立役(男役)を得意としていられたそうですね。
「意識はしています。比べられるのはつらいですが、両方遣えてこそ人形遣いだと親父が言うてましたから。『文楽女形人形遣い、文楽立役人形遣い、とは言わへん。文楽人形遣いだ』と常日頃から言ってました。親父も若い頃は、女形もやっていたし、もちろん、両方の左(遣い)も足(遣い)もやっていたんだから」
これからやってみたい役はどんなもの?
「ありすぎて言えない。逆に言えば、なんでもやりたい。荒物の立役から娘役、二枚目、三枚目、かたはずし、老け役もやりたいですね。親父がよく『役に不足を言うな』と言ってたんです。どんな小さな役でも、作者が必要だから書いているんだから、軽い役というのはないと」
お父さんもまた、文楽の道の師匠だったのですね。その名前を継いでくれて、お父さんも喜んでおられるのでは。
「なかなか、僕には重いばっかりで。名前だけ横綱になるようなものですよ。大関だったら負け越してもまた次にがんばればいいけれど、横綱は負けられない。同じように、勘十郎の名前を下げるようなことは出来ないですから。桐竹勘十郎という名前は、親父の師匠だった桐竹紋十郎という人が過去の名人から掘り起こしたものなんです。1600年代の終わりから1700年代にあった虎屋座という一座の座頭だった人で、やはり立役で知られた人だったそうです」
ちょうど竹本座と豊竹座がはりあっていた時代ですね。文楽の歴史そのもの。
「重みを考えるときりがないですよ。でも、僕だけの名前にしてしまうわけではないですから。僕は勘十郎の名前をほんのしばらく預かっているだけ。その間に、ひとつでもふたつでも、『三世桐竹勘十郎のあの舞台はよかった』『あの役は素晴らしかった』と思ってもらえるようなことが出来ればいい。そうして、次の人へ、それが誰か分かりませんが、この名前を渡したいんです」 |
人形浄瑠璃 文楽4月公演
4月5日(土)〜27日(日)
16日休館日 17日より第一部と第二部の演目を入れ替え。
第1部 11時開演
景事『面売り』
吉田簑太郎改め三世桐竹勘十郎襲名披露 口上
襲名披露狂言『絵本太功記』
『紙子仕立両面鑑』
第2部 4時開演
『妹背山婦女庭訓』 |
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