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せんせ、けっこうたくさん食べはりますね

菊生「うん。たくさん食べる。野村萬(のむら・まん/狂言方和泉流/人間国宝)と飲むと、いっつも‘菊ちゃんと飲むと損する’って言われるんだよ、よく食べるから(笑)」

あれ?でも、その鯛の子煮いたんはお嫌いですか?

菊生「ん?あ?なに?これかい?見えなかったんだよ。こっち(=左)に視野がないからね、アタシのおかずをこっちへ置くと見えない。食べないんだよ、わかんないから。こっち側(=右側)に置くと判んだよ」

じゃあ、美味しいものはそっち(=左)に置こうっと(笑)

菊生「ふははははは(笑)」

へへへへへへ(笑)

菊生「ふふふふふふ(笑)。あっ、こりゃまた、美味しそ。」

 

 粟谷菊生様ご注文の鯛のお造りが出てきた。
 <北龍>のおとうさんお勧めの鯛。
 もちろんおろしたての山葵で。
 さっそく、「いただきま〜す」

 

菊生「ん。」

美味し〜♪

菊生「こりゃぁいい!あのねっ!1本、燗をつけなさい。」

やっぱり、せんせ、ここはお酒ですよね。

菊生「こうなるから、いつも女房に言われるんだよ。‘あなたって言う人は、どうしてビールならビールで帰れないの?’って(笑)」

ほんとにもう、どうしてでしょうね(笑)。あ、でも、今日はまだまだ帰ってもうたら困るんで(笑)。量はちゃんと見ときますからねっ

 

 お酒が出てきた。
 「ちょっと燗が熱くなってしまいましたか?」

 

菊生「どれどれ…ん、ベリーグッド!!」

あ、どんなんですか?燗の具合、覚えとこ

菊生「飲んでごらんなさい♪」

お。 ベリーグッド!(笑)

菊生「ね、ぴったりだよ」

 

 夏に燗酒。
 美味しい肴。
 次第に舌の回転もよくなってくる。

 

菊生「来年はね、(大槻能楽堂では)<俊寛>(しゅんかん/喜多流では『鬼界島』という演目名)をさせてもらうと思ってね」

<俊寛>!実は私、先生の『鬼界島』、3年前ですか、拝見しておりますんです。国立能楽堂(東京)でなさってる<粟谷能の会>で

菊生「うん!」

あの<俊寛>は、心に残る<俊寛>でした。どこにも書かせていただく機会がなかったので、今申しますけど、って、ご本人の前で照れますが(笑)。まず、俊寛僧都が出てきて<橋懸リ>を歩いている間に、この俊寛は、都で暮している時にどういう男だったか、今、どういう心境なのかっていうのが、その姿を見ただけで伝わってきて

菊生「うん、うん」

ちょっと悪さもし、女にもモテて、ちょっと見栄っ張りな可愛い男…みたいな

菊生「うん!」

その<俊寛>を拝見してましてですね、なにが凄かったかって、俊寛が、たったひとり鬼界島に取り残されるんだとわかった時に、その極限の恐怖みたいなものが、言葉ではなしに、そいで、頭で考えるんではなしに、感覚として体の中に入って来たんです。で、あんまり一度にたくさんの情報が入ってきたので、体がどう反応したらよいのかわからなかったんでしょうかね、涙がブワッと溢れてきて…。なんだこりゃあっ!て思って。孤独の恐怖を体感したっていうか…。はっと気がついて周りを見たら、他の人も泣いてはるんですよ

菊生「嬉しいな…。あの時の面(おもて)っていうのはね、不思議な面なんだよ。まるで、イラン人みたいな面なんだよ」

なんか、浅黒い男前が痩せた感じの面でしたけど

菊生「だから、花帽子(=僧の頭を包む布の被り物)で包まないと、(俊寛の感じが)出ないんだよ。僕が<俊寛>を演る時は、いつも、あの面で、花の帽子で演るのね」

あれ、とってもよう似合うてはります

菊生「喜多流には『俊寛』(=『鬼界島』)は無かったの。『俊寛』と『草子洗(小町)』は無いの。だから、型附けが無いんだから、私は自由自在のことが出来るわけ」

なにも無いんですか?喜多流に無いものを演ってもよかったんですか?

菊生「うん、先輩たちも皆、他流のものを参考にして演ってきたんだからいいんだよ」

あ、そっか(笑)

菊生「アタシが一番学んだのは、先代の吉右衛門(=初代中村吉右衛門/歌舞伎俳優)さんね。あの人の『俊寛』のね、最後に岩に登るところでね。蔓をつかんで登って行って、松の枝に足を掛ける。これが折れる。で、倒れるんだけども、倒れてもなんでも、まだ去って行く船を見てるんですよね。背中で演技してる吉右衛門さんを見てね。それと、歌舞伎だと、船が来たのが見えた時に小躍りするだろ?そん時に、こう、足の裏で演技してる…」

足の裏で?

菊生「うん。アタシがそう感じたの。そういうものが頭にあって、それで、自分の<俊寛>を作り上げたの」

私、来年で(大槻能楽堂自主公演能で舞うことを)最後にするとおっしゃる、その演目が<俊寛>(=『鬼界島』)って、すごく嬉しいです。あの<俊寛>は大阪の人にぜひ見てほしい!って思ったんです

菊生「そうか…嬉しいね。<俊寛>はね、みんなが菊ちゃんの当たり芸だって言ってくれてるからね」

そうでしょう、そうでしょう。やっぱり先生の<俊寛>!見たいです!当たり芸と言えば、先生の『景清』もですよね

菊生「『景清』は、‘粟谷さんの<景清>は、(幕の内)に入るまで<景清>だ’って言ってくれた人があるよ」

はい!その人のおっしゃるとおりっ!<粟谷菊生>の<景清>は、昔の自分の武勇譚を仕方話でする時も、ほんまに今現在の景清が昔話をしてるっていう感じなんですよ!

菊生「うん。でも、それはね、全部、<間(ま)>なんだよ。最後はね、<間>なんだ」

はい

菊生「その<間>がみんなねぇ…。だからねぇ、みんな(=能楽師)、女を口説いてないのよ」

へ?!え?!あ?!え?!そういうこと?!<間>ってそういうことなんですか?!(笑)

菊生「うん」

そ、そうなんや〜。そんなら、先生は女をいっぱい口説いてるっていうことですか?!

菊生「そうよ。みんな、女ってものは安易に来るもんだと思ってるけど、そうじゃないでしょ?一所懸命、口説きなさいよぉ」

一所懸命、口説くんですか?(笑)

菊生「うん。小錦みたいに‘プッシュ!プッシュ!’って言ってるだけじゃダメなんだよぉ(笑)」

 

 口説きのテクニックは<間>らしい。
 だから、役者は女性を口説いてないといかんのだそうだ。
 なるほど…わかるような、わからんような。
 しかも、一所懸命ときたもんや。
 もうちょっとあとで、もう1回突っ込んで訊いてみようっと。