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 そうこうしているうちに、「あ、あれじゃないの!」「うわ、すごい」という声が上がる。窓へ直行。なんと草間の作品模様で埋め尽くされた車から、白い服と白い帽子を着た小柄な人が降りる。遠目でもすぐ分かる。草間彌生だ!

 たくさんの人の間を抜けて、作品のある部屋へ入る。周囲は、“近寄りたいのにどうしよ”というような微妙な距離感を保ちながら見守る。インスタレーションの部屋に入った草間さんは、まるで童話に出てくる小さな妖精のよう。椅子が用意され、草間さんが座る。スタッフがよびかける。「どうぞ、この赤い水玉シールを草間さんに貼ってください」

 パッと体が動いて、真っ先にシールを受け取り、フェルトの白い服に貼った。ドキドキと胸が高鳴る。人の体に触れる緊張感と親密感が入り混じる。しかも草間彌生の体だ。うわ、楽しいぞ!
 白い服と白い帽子が赤い水玉で覆われると、今度は草間さん自身が私達にシールを貼ってくれた。なんてうれしいこと! まるで聖職者から祝福を受けているよう。

 100人以上いただろうか、求める人に草間さんはえんえんと赤く、丸いシールを貼り続けていく。ごく簡単な行為。そして美しい。1960年代の映像作品に、草間さんが人や馬や岩や水面にえんえんと水玉を描いているシーンがある。その頃と基本的にやっていることは変わっていない。変わったのは、水玉洗礼を受ける周囲の方か。

 もうひとり、20代のアーティストに聞いてみた。

「僕にとっては草間さんは一等大切な人。東京都現代美術館の展覧会(1999年『草間彌生:ニューヨーク/東京』)にも行ったよ。深夜バスで。すごかった。どの部屋も作品でいっぱいで、あふれていて。草間さんの世界そのもので。僕はその中にいた。ああ、もう本当にどう言えばいいのだろ。大好きなんですよ」

 もちろん、みんな草間彌生に関心があるから、ココ(児玉画廊)にいるのだろう。でも、その関心の方向は、世界のトップ・アーティストに会う、有名人を見る、といったたぐいとは、少し違っている。多くの若い人達は、自身の近しい者として、魂の共鳴者として、草間彌生に熱烈な親愛のまなざしを送っているようだ。

 人波が去った後、インスタレーション「dots obsession」の部屋に佇んでみた。ほろほろと気が溶けていき、空間が身体に馴染む。外部から眺めている時、“それ”は他者を拒む潔癖さをまとっている。内部に入ってしまうと、“それ”は何者をも許し、受け止めて無限に広がっていく。

 “それ”とは、草間作品が持つ本質的な何かかもしれないし、草間彌生自身のことかもしれない。


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