日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物 |
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<コンテンポラリーダンスへ>
メガネ:多分17年前は、特に教育系の大学などでは、モダンダンスが主流だったと思うんですが、それがこういったスタイルになっていくには、何がきっかけになったんでしょう。
大野:まずはテレビや雑誌の情報から入っていきますよね。NHK教育の「芸術劇場」の影響とか(笑)「ダンス・マガジン」とか。フランスのヌーベルダンスが紹介されたりしてね。
やっぱ松山にいると新しいダンスは来ないので、東京とか大阪まで観に行ってました。一つ観に行くとチラシを見てまた行きたくなって、また別のものに行くっていうことが連鎖的に起きて、「なんかちょっと新しいダンスの動きが始まってるぞ、やったことないような、見たことないような動きがあるぞ」、とぼんやりと感じてました。それで、まぁ言うたら真似してみたりとかみたいなことから始まりますよね。
移行期は非常にしんどかった部分もあるし、学生たちも何かモダンダンスじゃないものをやりたいけど、じゃあモダンダンスって何か、コンテンポラリーって何か全然分からんのですよ。学生だけじゃなくて私も何がコンテンポラリーなのか分からん。で、どうやら原型がないものらしいと(笑)。自分たちが生み出していくしかないらしいと。
メガネ:でも、そこにモダンダンスじゃないのもやりたいっていう気持ちはあったわけですよね。
大野:風になったり木になったり、鳥になったりするのは、何か違う気がするという。コンテンポラリーの何がコンテンポラリーかということについて、いろいろ考えましたよ。「同時代性」とか、「原型のなさ」とか、結局その「身体性」であるとか、「人そのもの」であるとか……。それと同時に、リリース・テクニック、フロアワーク、コンタクト・インプロっていうテクニックの面がぐっと入ってきますよね。今までになかった床へのアプローチ、人へのアプローチ、力をぬいて大きく動くこと……。
コンテンポラリーの志向性とか思想性の部分と、身体性としてのテクニックとか、その辺がなんとなく揃ってきて、「あぁ、コンテンポラリーってこういうことなんかな……」って、徐々に徐々にですよね。
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『応答せよ!こちら自分』
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マキ:そういうものに感応して、松山には来ないからそれじゃあ行ってやろうと、行って習ってくるということをしていたのは学生たちではなく?
大野:むしろ指導者ですよね。それか志のある3、4年生が夏休みにどこか行ったりとか。でも基本的に、学生は時間はありますけどお金がないですから、「ここにおったんじゃいかん」というので、やっぱり私たちが出かけていきました。
この外に情報は取りに行かんといかんっていう姿勢は、牛山先生のところで学びました。私は先生のダンスカンパニーにも10年ぐらいいたんですけど、その時に先生が本当に外へ足を運んで学ぶ方だったので、先生が情報をとってきて、私たちに教えてくれました。でもやっぱ本物で見たいから、今度は自分が行ってみる。すると、出かけることがどれだけ大事かということがひしひしとわかる。
それで何か吸収して帰ってきたら、「こんなん習ってきた」とか言ってちょっと学生と一緒にやったりとか。100吸収したつもりで、教えてあげられるのは1ぐらいですけど、教えてあげられることは少なくても、例えば私が日々から離れて、元気になって帰ってくると、それで学生らも元気になるみたいな(一同笑)。「なんか先生元気になって帰ってきたな。俺らもがんばろうかな」みたいな、なんかそれだけでも違ったりとか。
メガネ:風を持って帰ってくるんですね。
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