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心情表現の舞台空間 西尾雅
劇場が和室に変身、同じその舞台装置で9劇団が競う「極(きわみ)」。1ケ月を超す演劇フェスのトリを務めるのはよろずや。10畳の続き3部屋の中央の部屋が舞台、そこを挟む2室が客席。前列2列は畳の上に、後方2段に階段席が設けられ、厚い座布団が用意される。劇場ではなく、旧家にいるかのような落ち着いたたたずまい。本作では、舞台と客席を仕切る襖は外されたまま。中央の畳の上に座布団1枚と絵の具そして鏡台があるのみ。開演した後、主役は部屋からいっさい出入りせず、立つことすら稀でほぼ座ってそこに居る。時間軸に沿って部屋を訪れる家族や客たちとの会話で部屋の主の一生が浮かび上がる。

つうさん(津禰)と呼ばれる少女(栗原)。出生前に父を亡くし、女手ひとつで育てられるが、理解ある母と姉の元で好きな絵を描いて毎日を過ごす。多感な彼女にはこの世ならぬ者も見えており、家の精霊や絵のモデルとなる清少納言などと会話をかわす。部屋を訪れる者は、左右どちらの障子を通るかで生身の人間とそうでない者が区別される。瞬時の時間切替で時は過ぎ、弟子仲間や2番目の師である竹内栖鳳らが入れ替わり立ち代わり登場、やがて松園と号する彼女と語る。

家事にわずらわされることなく絵に打ち込める環境を母や姉が整えたこと、最初の師である松年に画才を認められるも不倫関係にあること、そのため恋人とも別れることになったこと、恋人の弟ともやがて恋に落ちたこと、そのため世間の非難を浴び結婚も叶わなかったこと。テンポよく画才にめぐまれた彼女の喜びと私生活上のめぐまれない悲しみを綴る。

衝撃は、生きた人間が反対側の障子から登場する時。それは死者となって再会に現れたことを意味する。生前語れなかった思いを受け取る松園の感性の鋭さに驚くと同時に、背負った彼女の重荷がいとおしくなる。恋人や栖鳳や弟子仲間がこもごも訪れるが、なかでも松園の子を見つめる松年(寺田)が凛として印象的。財産をめぐる争いが松年の死後起こるが、松園はそれに加わることなく、松年が師であり、画家となった息子に松篁の号を残したことに感謝する。

そして松園が最も大切にした母への想い。手慰みに絵を描くしかできない自分、それを許し励まし支えてくれた母が、若く美しい姿のまま彼女の前に現れる。死後なお母は松園の永遠のテーマ。幼少の頃、母や姉をモデルに絵を描く。その原点を守って彼女は生涯にわたり人を描き続ける。

彼女にすれば好きな道を続けただけのこと。男の浮気は許されるのに年下男性との恋愛は非難浴びる女性ならではの理不尽に耐え、恋人との結婚の夢破れ、やがて迎えた戦後。息子も画才を発揮、嫁にもめぐまれて幸せな松園に、またひとつ吉報がもたらされる。女性初の文化勲章受章が決まったのだ。何ひとつ松園の方は変わらない、世間が変わったのだ。絵を描くなどは殻つぶしと蔑んだ社会の評価が一転したのだ。それは、かつて河原者と呼ばれ今も経済的に潤うことのない演劇人の叫びにも聞こえる。好きな道を続ける彼らの誇り高き意志表示でもあろう。

栖鳳によって「棲霞軒(せいかけん)」と名づけられた松園の部屋。霞を食べる仙人のような暮らしの中で、ひたすら絵の精進をした彼女。「極」という和室空間を彼女の心中に置き換えた舞台作りのアイディアに尽きる。


キーワード
■演劇フェス「極」 ■評伝劇
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同公演評
青眉のひと … 松岡永子

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