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舞台化になった幻想譚 西尾雅
内田百間の世界を演劇化するとは思いもつかない。洒脱さと韜晦にあふれた彼の文章が芝居として立体化される、それも短編や随筆のコラージュによる一編の詩劇として。10年前の作品の再演とは思えぬ斬新なアイディアに驚く。残念ながら初演は未見、当初予定の新作からの急遽差し替えでどこまで改訂されたか不明だが、鮮度は少しも損なわれていない。得意とする事件へのアプローチと同様に演出の洞察と構成そしてスタッフと役者の見事なコンビネーションに目を見張る。

自宅に集まった教え子と共に屋根に落ちた小石の音をいぶかる内田先生。小石はどこから来てどこへ落ちるのか。亡くなった親友の後妻が「主人の遺品を返せ」と毎夜訪れる。目的もなく列車に乗って旅に出る。それにつき合うはめになる不運な(?)男。スキヤキの具の中でちぎりコンニャクを偏愛する内田に遺言を残す2人の女。誰の知り合いでもないのに居合わせバナナを食べ続ける謎の男。再婚しても病死した先妻を忘れられない内田の親友。

脈絡なく綴られるエピソードの断片。ミステリアスな中にこっけいさを伴い、死の匂いが漂う。若くに病死した内田の妻の妹。同じく亡くなる親友の先妻。2人とも内田のためにちぎりコンニャクを欠かさず、その用意を告げて逝く。奇妙な偶然の一致。特攻で死んだ教え子も登場し、内田は自分より若く死ぬ知人に心乱す。バナナを食べる男は、今の内田の歳より早く死んだ内田の父親らしい。過去と現在、死者と生者が混沌をなす不思議な世界。そこでは乾いたユーモアとしめやかな哀しみが同居する。

どこから現れどこへ転がるのかわからぬ小石のように、忽然と生まれ死ぬ人の運命。記憶もいつかまぎれ、不確かな影をおびる。けれど、誰かの胸に鮮やかに残る印象、その刻印が存在の確かな証となる。それが、どれほど突飛で奇妙なエピソードであったとしても突飛さゆえに忘れられることはない。あたかも内田百間その人の文章のように。

日常見慣れたシーンがゆがんだまま綴られる、夢のように脈絡ない幻想の断片として。ファンタジーを舞台化し幻想譚に仕立てる手腕に恐ろしく手馴れる。音楽と照明の力ワザに思わず心揺さぶられる。くじら企画はいつも、関西にいい役者とスタッフがいることをあらためて思い起こさせてくれる。


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■再演
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同公演評
終焉する時 … 平加屋吉右ヱ門

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