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残り香 松岡永子
 今の犯罪友の会にはきれいどころが揃っている。
 若い劇団員が増えたのは今までの活動の結果だろうし、それが今なのは偶然の僥倖だろう。それをいかした華やかな舞台づくり。
 若い役者も確実に力をつけてきている。昨年の舞台ではまだ、役者に見せ場を作る必要からできているシーンと物語自体が要請する場面との齟齬にバランスの悪さを感じたが、今回はそれがぴたりと合って自然に見えた。

 売春防止法施行直後、職種名を仲居と変えた女たちが働く、料理屋と称する遊郭。いわゆる赤線だが、新興のトルコ風呂に押され、かつての賑わいはもうない。店の主人は医者の資格を持っており血液銀行の仕事もしている。仕事は順調なようで、この町で最初にテレビを買う。店頭ディスプレイ用だったものをそのまま持ってきたのでアンテナはまだ届かず、そこに存在するだけで映りはしない。

 テレビが贅沢品だった時代から半世紀程しかたってはいない。今やテレビなんてどこにでもある。生活水準が短期間で上がったことを実感できる世代の年齢も高くなった。今の若者にはテレビがやってくるワクワクした高揚感なんてわからないだろう。モノがあることが、豊かさや幸せを保証した時代が確かにあった。

 そこにうさんくさい男が数巻の未編集フィルムを持ち込む。旧満州で映画製作に携わっていたという男は、これは陸軍の依頼で撮ったものであなたが写っている、と言う。
戦争中、細菌兵器開発・生体実験をおこなっていた主人はその脅しに震え上がり、当時の上官であり現在の血液銀行会長である人物に相談する。
 日を改めてやってきた男に会った会長は、その脅迫を一蹴する。帝国陸軍上層部に食い込んでいた彼は戦後一転して米国に取り入り、すべては交渉済みなのだ。あなた、ほんとうは免職になった不良刑事でしょ、と正体まで暴かれ、男はほうほうの体で逃げ出す。

 会長を演じるデカルコ・マリィの迫力がすごい。これだけ立派な大物の悪人をやれる役者はそうはいない。並ぶだけで、それまではそこそこの悪人に見えていた者が小悪党に見える。

 会長は、売血による肝炎感染が問題になると、さっさと血液銀行をやめて製薬会社に転身する。
 一方、料亭の主人は医師としての自分に誇りや存在基盤を持っていたらしい。人を殺してまでやった自分の実験が無意味だったと知らされて精神崩壊をおこす。
 君子は豹変す、というが、昨日の自分を捨ててあざやかに変わっていく者が、この世をうまく渡れるのだ。

 劇中何度か、料理屋の女将が女たちに「残り香は消しておくんだよ」と言う。前の客の匂いを男は厭がるから、と。それはまた、昔のことなんかに心を残していたらこんな浮き草稼業はやってられないよという意味でもあるだろう。

 でも、本当に残り香を消してしまったのは世間の方だ。
 経済成長が始まろうとしていた。「中流階級」という新しい生活様式ができはじめ、三種の神器と呼ばれる家電があらわれた。人々は暗く古い昔の自分を忘れ、新しく上を向いて生きはじめた。手を伸ばせば幸せに届くように思えた時代。昨日よりは今日、今日よりは明日、生活がよくなると信じた。
 残り香を忘れ、先へ先へと進む。残り香なんてうっとおしいだけ。あっさりと昨日を捨てて明日のことだけ考えるのがふつうだった。

 残り香なんてものがあることさえ忘れてしまったふつうの人々に対し、女たちは我が身に染みついた残り香がそう簡単には消えないと知っている。何かにつけて無心してくる親戚は自分を暖かく迎えたりはしないと知っている。

 その女のなかで、多江の感覚は少し世間に近い。貧農に生まれ、泉南の紡績工場女工から酌婦へと、典型的な転落をたどった彼女は考え方も典型的なのだろうか。自称大学生に貢ぎ、ホワイトカラーの学士さまと結婚して文化住宅に住む専業主婦になることを思い描いている。文化住宅がまさに文化的であった時代の、庶民の娘の理想の生活。無邪気に、今までの生活を捨ててみんなと同じになれると思っている。
 それはもちろん幻で、女たちはそんなことは現実にはないと知っている。それでも多江を応援はする。彼女たちも少しは夢を見たかったのかもしれない。そして、裏切られて帰ってきた多江を「おかえり、早かったね」と当たり前の顔で迎える。
 会長の脇腹であるベベは、英文タイプを打てる程の教育を受けている。彼女は望めばすべての過去を捨てられるだろうが、日陰の身のまま死んだ母親の悲しみを忘れないため残り香を消さないつもりらしい。

 昭和三十年代を、決して裕福ではなかったけれど生き生きと希望に満ちていた時代、として懐かしむ物語が最近多い。ほんとうにそうなのだろうか。都合の悪いことは忘れてしまう傾向に加速度がつき始めたのはあの時代ではなかったか。
 雪の降るラストシーン(紙吹雪ではなくほんとうに雪。すぐに溶けて消える)を見ながらそんなことを考えた。

(文中不適当な表現がありますが、時代的なものだと考えそのまま記しています)

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同公演評
昭和を懐古に終わらせず、過ちに学べ … 西尾雅

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