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野外でたんのうする歴史ロマン 西尾雅
恒例となった難波宮跡公園での公演。宝塚や歌舞伎のような常設小屋でなければ、同じ劇団が同じ劇場で連続公演することも珍しいが(かつては「猫のお尻」がOMSを常打ちと決めていたし、今でも青山円形劇場で毎年末に「ア・ラ・カルト」は上演されるが)、自前のテントならばそれも可能(扇町公園の浪花グランドロマンや中之島公園の楽市楽座のように)。これも野外ならではのメリットだろう。

夜風が肌寒くなる頃、期限限定で毎年こつ然と出現する犯罪友の会のテントは既に難波名物。すっかり日の落ちた公園の外灯に、犬の散歩仲間やサッカー練習する小学生、発声練習するどこかの劇団員のシルエットが浮かび、自家発電の照明に照らし出されたテントが輝きを放つ。その光は虫を引き寄せる誘蛾灯のように観客を誘う。1年間の渇きを癒すそれは都会のオアシス。

丸太組みの劇場構造は例年同じ、客席は数列の床の桟敷(今年から桟敷最後列にベンチシートを設置)と舞台を見下ろす階段状の桟敷(かなり急傾斜)に分かれ、夜の冷え込み対策に無料の毛布も用意される。階段席上の天井をシートで覆うが、雨が吹きこむ恐れはありそう(雨天時の観劇経験はない)。

舞台配置は同じパターンながら内装を毎回一新。難波宮跡に劇団が登場した際の時代設定は明治維新直後だったが、年を追うごとに時代は下がり、変遷を美術からも楽しめる。今回は大正、下手に嵐寛十郎主演の鞍馬天狗を上演中の映画館、上手手前に陳列品の傘が不似合いなパン焼き工房、その奥にステンドグラスの窓もハイカラなカフェ。カフェ内は(舞台構造の都合上)パン屋の2階に設置され、蓄音機やバーカウンターを備えた室内が覗く。細部のリアリティまで再現された舞台美術(綾野伊都子)は、まるで歴史パビリオンのパノラマ展開。

そこで演じられるのは、ケレンと見得たっぶりの群像劇。登場するのは、元「青踏」同人の女丈夫の映画館支配人、流浪の物売りを両親に持つ活動弁士、傘屋を廃業しパン屋新興を志す兄、その妹で映画館バイトの女学生、その友人のカフェ女給、ワケありのカフェ女将、身元不詳でアナキストの噂あるカフェのバーテン、カフェを元の女郎屋に戻したいオーナーの金貸し、プロモーションに映画館を訪れる元芸妓の女優、権力を傘に着るスケベ巡査、東京から恋人を追って来た傘の似合うお嬢様、そして彼女が待ち続けるカレシ?の人気画家。

関東大震災を経てまだ不安な世情下(後に満州事変が起こる)、精一杯に生きる市井の人々をていねいに活写。2組のやり取りが同時進行する場面もあるが、青年団のように同時多発の台詞がかぶさることはなく、言葉がリレーされて切替わり、会話は交互に進む(その間、もう1組の進行は止まったまま)。野外のハンディをものともしない腰の据わった発声が、観客の心情に届く。物語を過去のロマンに終わらせず、現状の日本に警鐘する意気込みにも打たれる。が、本作のキモはあくまで肩の凝らないエンタメにある。

女将の恩を踏みつけ、その地位を奪う上昇志向の女給は今もいそう。彼女を利用する金貸しはグレーゾーン金利で太るサラ金を思わす。恋人を追って来たはずのお嬢様は妄想癖のストーカー、勉強よりも映写機を回す方が好きな妹はスペシャリストを先取り。強い者に弱く、弱い者を徹底的にいじめ抜く小役人はいつの世にもゴロゴロいる。

お嬢様の差す傘は古びているが丁寧に作られた逸品。パン職人をめざす元傘屋の父が、好きな女性の婚礼用に魂こめたものだから。お嬢様は嫁いだ憧れ女性の娘、母の遺品が思いがけない人の出会いを演出し、つながりの輪を広げる。傘はこの後、回り回って映画館主の手に渡り、彼女とパン職人の新たなロマンスを育む種となる。

もうひとつのロマンス、秘めた恋は悲劇に終わる。バーテンの正体は徴兵拒否の脱走兵。そうと知りつつ匿う女将は築地小劇場の女優出、数奇な運命をたどり、金貸しの愛人にまで堕ちるが、やとわれ女将ながら元女郎屋をモダンなカフェに改装して切り盛りする。睦言を交わさずとも通じ合うバーテンと女将の仲を、金貸しに取り入って愛人と新女将の地位を奪い取る元女給の密告が引き裂く。

巡査の剣に倒れるバーテンと元女将(山田山未舟)。それより前、傘を縁に女将とパン職人は互いに親しみを覚える。が、金貸は、身を売るまでに落ちぶれた彼女の過去を暴露し、中傷する。悪意と権力に蹂躙される彼女の目から炎が噴き出す。敵に対してだけではない、それを許した自分自身に向けた怒りが凄まじい。虚空を凝視する目力(めじから)は、邪気を祓うという市川團十郎家世襲の睨みにも匹敵。歌舞伎も元は野外の生まれ、野外の伝統を灯し続けるこの劇団に芝居の神が憑依するのもうなずける。

恋人も、手塩にかけた店もすべて奪われる彼女は、店に火を放つ。彼女が付け火したのだが、憤怒が炎となって目から放射されたかのよう。それほどのたぎる情念をもってしても、しょせん敵には叶わない。

敗れはしたけれど、彼女の試みは間違ってはいない。権力に立ち向う唯一の武器は、暴力や理論ではなく人の情だという指摘については。けれど、怒りにまかせず、愛に訴えれば少しは優位に立てたはず。彼女を支援する輪も広がったに違いない、心つなぐあの傘のように。丹精こめた想いは傘に宿り、思いがけない奇蹟を起こす。愛こそが起こるべくして起こる奇蹟の源に他ならないのだから。

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同公演評
かしげ傘 … 松岡永子

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