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かしげ傘 松岡永子
 映画館の壁に貼られたポスター。カフェの酒棚、蓄音機、破風の曲線…精密に作り上げられた舞台。芝居というより映画のセットだよ、とはスタッフの弁。物語も、どちらかというと映画向きの群像劇。芝居の枠の中に収めるにはやや無理があるが、それを若い役者の力で押し切ってしまった感じ。今回、ベテラン勢はやや引いて若手が前に出ていた。女優陣にはすでに貫禄すら感じられる。いつも気弱な人の良さがにじみ出る金城左岸は比較的シリアスなバーテン役で、今までとはちょっと違った感じがいい。

 かつて女郎屋だった建物を改装した洒落たカフェ。客には流行画家の竹久夢二もいるらしい。女将は元「アカ」女優、バーテンはアナーキストの噂のある男。
 近所の映画館の主人はフェミニストの女傑。傘屋の息子はパン職人を志している。
 カフェを尋ねて東京からやってきた良家の子女風の娘。傘屋の息子は彼女がさしていた友禅傘に目を留める。みごとな細工の品。古ぼけた傘でもいいものはいい。見る人が見ればわかる。
 それは彼の父親が、恋する人のために嫁入り道具として作ったものだ。自分では幸せにできなかった人の幸福を願って精魂込めて作ったのだろう。だが、東京の金持ちに嫁入りしたらしいその人が幸せな人生をまっとうしたとは考えにくい。
 父の初恋の人の娘であるお嬢さんは、野宿しながらカフェに通いつづけ夢二を待っている。彼女は自分が夢二のモデル兼恋人・彦乃だという夢の中に生きている。夢に呑み込まれてここまで来てしまった。それでも誇り高く、女給にならないかという誘いを断る。

 右翼の大立て者は武勇伝を語る。その豪傑ぶりのエピソードは、本当は映画館主の行動だ。
 傘屋の息子は傘を目じるしにお嬢さんだと思ってカフェの女将に声を掛け、恋をする。傘を目じるしに女将だと思って映画館主に求愛し、誤解だと言い出せない。
 男たちは皆、あかんたれである。
 そしてトンボにもあかんたれはいる。ねぐらまで一直線に帰れないあかんたれトンボは、途中で一休みするために傘にとまる。美しい友禅傘がお気に入りらしい。

 女将も、転向して裏世界を流れている途中でここにとまった。このカフェは彼女の美しい夢だ。だが、パトロンの金貸しはカフェを畳んで女郎屋にすることを迫り、バーテンを逃亡兵として通報する。金貸しに取り入り後釜に座った女給は、女将にむかって出て行けと罵る。兄を日露戦争で失い、身売りした彼女には、夢をみているなんて遠い世界の気楽な連中にしか見えないのだろう。
 女将は大切なものを人手に渡すことを拒む。店に火を放ち、恋人のバーテンを連行しようとする官憲に斬りつける。

 これから時代はどんどん悪くなる。元女郎屋のお洒落なカフェは間もなく兵隊相手の慰安所になるだろう。
 戦争と戦争の間に挟まれた大正デモクラシーは一瞬の幻、徒花だっただろうか。美しいカフェも、同じように一炊の夢なのだろうか。友禅傘も価値が判らない者に囲まれていればただの古傘だ。
 時代の雰囲気が現代に似ている気がするのは、あまりありがたいことではない。

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同公演評
野外でたんのうする歴史ロマン … 西尾雅

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