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床下のほら吹き男 松岡永子
 前作『なるべく派手な服を着る』と同じく奇妙な構造の家に住んでいる家族の話。
 前作は建て増しで見るからに妙な形になった家の話だったが、今回は一見したところ普通の家。奇妙に大きな床下を持ってはいるが、表面的には、古いけれどもしっかりした家だから、住んでいる人たちも一見普通だ。
 両親は交通事故でなくなっていて、長女は短大卒業後、母親代わりに妹たちの面倒を見ている。ちょっと口うるさいがおっとりとして優しく、ドラマに出てくる良い母親のようだ。
 黒い服ばかり着ているしっかり者の次女は射すくめるような視線のため「魔女の血が入ってる」と姉妹にからかわれている。昨年婚約したのだが、なかなか恋人を家に連れてこない。
 次女と対照的に派手な服装の三女はデザイン事務所に勤め、恋愛の達人を自称する。
 四女は引きこもり気味でファンタジー系の本ばかり読んでいる。
 彼女たちは自分たちのことを仲良し四姉妹と言うし、たぶん周囲もそう思っている。
 ある日廊下の壁にあった板をどけると大きな通風口(?)があり、それをふさぐためにリフォーム業者を呼ぶ。通風口につながる床下には大きな空洞があり、ソファとテーブルが置かれている。ここが舞台。

 リフォーム会社の作業員たちが床下の空洞を調べに入ってくる。実は彼らの会社はインチキで、必要のない工事をしたようにみせかけて高い料金を取っている。この家の人たちのことも騙すつもりでいる。
 空洞の壁には小さな扉があり、そこから妙な男が出入りしては床下でくつろいでいる。

 この男は、怪しい者ではないと言い、自分について語る。イギリス王室の、正確にはスコットランド王室の血を引いていると言い、また、スロバキア人だとも言う。以前は一流ホテルの料理長をしていたとも、探偵だったとも言う。姉妹の父親の友人だと説明し、話の流れに乗って次女の婚約者の親友だという。
 いかにも嘘っぽい。
 だが彼は、この工事はインチキだと言い、リフォーム会社の経営不振を言い当てる。次女が疑っていた婚約者と四女の仲を、デート現場を見たと証言して明るみに出す。

 彼は解釈に幅のある言葉をはったりをきかせて発する。
「占い師の言うことはなぜ当たるのか」という話に近い。
 彼の言葉は「本当」ではない。だが彼の言葉によって隠されていた本当のことが現れてくる。

 彼は、長女はインチキリフォーム会社とぐるだった、と言う。
 妹たちに問い詰められた長女は、リフォーム会社のことは知らないけど(それは事実)あなた達をかわいいとは思っていない、と言い出す。
 両親の死んだ事故の原因は自分が運転中の父親の背中を押したからで、そのことに怯えてこの家を離れられなかった。黒い服で喪に服しつづけるあなたはわたしが親を殺したことを責めてるんでしょ、と言われた次女は、押したのは助手席にいたお母さんだった、と言う。
 ふたりともそれぞれそんなふうに記憶しているのだろう。事実はわからない。
 長女ばかりでなく、鬱屈していた自分の想いを吐きだした彼女たちは、自分たちが単純に仲良し姉妹なんかじゃなかったんだと気づいてしまう。

 それからしばらく経って。
 床板が剥がされ、床下があらわになっている。家は取り壊すことになったらしい。
工事をしているのは同じ作業員たち。社長が逃げて会社が倒産したあと、ちゃんとした工務店をたちあげた。
 明るい色の服を着た次女と三女が床下に降りてくる。
 長女は以前からやりたかったダンスの勉強のために外国へ行った。四女は図書館に勤め始め、次女の「元」婚約者とつきあっているらしい。
 これまで暮らしていた家は壊れてしまったが、新しい光はこれまで届かなかったところにまで射している。
 本当は恋愛経験がないの、と告白した三女を作業員のひとりが食事に誘う。

 床下にいた男は何者だったのか。
 近所で噂の不法侵入だけをくりかえす不審者だったのかもしれない。
 あるいは彼の言うとおりのものかもしれないし、もしかしたらサンジェルマン伯のような時間旅行者かもしれない。事実はわからない。彼にとって事実などどうでもいいのだろう。

 彼の話には幾つかのパターンがある。そのひとつ。
 5年前はホテルの料理長をしていた。10年前は探偵をしていた。そして15年前には、車の後部座席に娘を乗せたまま事故を起こし死んでしまったのだ、と言う。
 だからといって彼は父ではない。ただ、確かに父親の役を果たした。
 彼が幽霊や天使に類するものだとは思わない。前作と作品構造は共通するが、明らかな超常現象で事態を収拾しないところが、この作品のよりすぐれている点だと思うからだ。

 それなりに安定はしているが機能不全を起こしている古い秩序を壊し、新しい生活に向けて背を押してやる。子どもたちがうまく着地できるようになったという時期を見きわめて、彼らがとらわれている昔を打ち壊す。
 それは正しく父の仕事だろう。
 寡聞にして、プラスに働く父性を軸にした物語を小劇場でみたことはほとんどない。若い作家が多く、父親よりは息子の立場で書かれることが多いためだろうか。
 前作『なるべく派手な服を着る』もこの『床下のほら吹き男』も、父親は死んでいて姿を見せないが、父親としての務めをきちんと果たす。あるいは死んでいるからこそ、うまく務めを果たせたのかもしれない。
 前作のいかにも作りものめいた設定に比べて、一見普通の家のありそうな話に仕上げた今作は、より深く本当のホームドラマだと思う。

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