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日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物


04 空腹の技法 その1 坂本公成

<からだがいちばん分からんかった>

坂本:最初の2,3年の間に、演劇をやっていた頃と全然違う人たちが自分の周りに集まってきて、一緒にやる機会が増えた。それで、演出という立場で一緒に作業しているうちに気が付いたのは、それぞれやってる芸術ジャンルによって言葉が違うんよねっていうこと。例えば建築をやっている者どうしなら、キーワードみたいなところで「誰それの建築がね」っていうところで通じてしまう。現代音楽だったら現代音楽で、タームが違う。ってことに気が付いて、そういう人たちと一緒にやっていくんだったら、もうちょっと言葉の違いをわかってないと難しいかなって、結構現代音楽とか建築—特にそのころ建築がとても元気な状態だったから、バブルで建築建て放題、建築イケイケの状態だったんだけど—、美術の分野とかの本を読んだり。この頃ちょっと自分で勉強するようになった。
 ダンスもそうなのかな。最初の2,3年は自力でいろいろやっていたんだけど。その中で身体っていうのが一番わかりにくかったかも知れない。なんで身体っていうものがただそれだけで人の前に、観客の前に投げ出されて、感動を呼んだり、意味を生成したりするんだろうっていうのが、まだわからないなと思って。いまだにわかってるかどうかわからないんだけど。でもその頃思ったのは、ジャズダンスみたいなものを見て意味を感じるわけじゃないのね。でも勅使河原三郎さんとかが出てきていた時期だったんだけど、そういったある種のダンスでは、自分が想像力とか、意味…意味かな? …を生成する能力を持っていて、動きと意味が交差するというか、動きと意味が切り結ぶ地点っていうのが、何なのかわからへんかった。

メ:そのとき坂本さんが感じた「意味」とは?

坂本:当時、大学の哲学科の美学科とかにいたから、勉強もせんなあかんかったのね。それで読んだものの中で一番面白いと思ったのが現象学だった。そこでは意味を生じる体系とか図式っていうのは人間の中に埋め込まれていて、例えば見るっていう行為は、何に注視するかによって背景に沈むものとか浮かび上がってくるものがある。同様に、視覚に集中していると聴覚は自分の知覚の中の背景に沈んでいくし、聴覚に焦点を当てると見ることが、しゃべることに集中していたら聴くことも見ることも後退してゆくかも知れない。もしかして身体感覚に集中していったら、言語で考えること、見ること聞くことは自分の知覚の中では背景に沈んでいくかも知れない。そういう風につながっているのかも。そういった知覚にまつわる話がすごい面白いと思っていて。モノクロームやってるときもそうだけど、一旦、体とか、見ることとか、知覚の速度というか…何かを感じるという状態を、普段とは違う状況に置いてみることで、今まで見えてなかったものが見えてくるとか、聞こえてなかったものが聞こえてくるとか、そういうところがすごく面白いなあと思っていたの。
 で、意味を生成する機能みたいなことも、それも現象学だったのか、何かの本を読んでてすごく共感したことがあって。あ、たぶんガストン・バシュラールの…詩に関する著作だったと思う。それを読んでたら、詩によって引き起こされる感動、意味、受け手がいて生成される出来事というのは、何かが分かったとか理解できたとかいう論理的な作用ではなく、詩によって自分の中にある埋もれていたり、自分の中で見出されていなかった何かが揺さぶられるってことだって。共感じゃなくて、日本語だと共振って訳されていたresonanceという言葉で書いてあることを見て、自分が探しているのは、何かそういうことなんじゃないかって思った。何か意味、物語っていうのがあって、それを相手に伝えたいっていう、そんな欲求は僕にはあまりなくて、受けとめられ方は観る人によって自由で、それを喚起する力はものすごく強い、そういう表現をやりたいんじゃないかなって。
 だから、僕が演出しているものの中に見出される意味って、「こんな意味」って言葉で括れるようなものじゃなくて、でも一定の人を揺さぶる強度を持ったもの? もしくはいわゆるこういうものなのかなっていう解釈を呼び覚ますとしたら、いくつかの層になっていて、そのいろんなレベルで人の持っている何かを揺さぶる力を持っているもの。

メ:一対一でモノや言葉に貼り付いている意味という考えに対して、そういった意味を支える記号体系が壊されたりしたときは、自分の知覚の図式が動いている感じがします。坂本さんの身体をめぐる実験はそういったところで生じる“意味”を探る実験みたいなもの?

坂本:なんかそういうところに、初期は向いていたのかな。それでもっとダンスに入りだした94〜96年は、具体的に言うなら無手勝流で、体の言語について知らないままやっていて、いわゆる踊れる人たちに出会ったのが、スーザン・バージのオーディション(*2)だったのね。それに受かって、森裕子さん、ヤザキタケシさん、森美香代さんたちに会って、ああ、ダンスのレッスンってこういう風にやるんやな、そこに結構論理的なものがあるんやな、体の地図というか、体のいろんな成り立ちを合理的に捉えながら踊りを作っていくんだな、といった踊りにまつわる様々のことを知りだしたのがその頃。特に、ヴィラ九条山を介して出会った、サンチャゴ・センペレや、ディディエ・テロン(*3)などを通して、体の解釈、端的に言えば体の使い方とか、舞台上の体が生み出す現象を引っ張ってくるために、どんな方法を使ってるかみたいなことに、結構頷いたり、発見も多くて。そういったことを面白いなあと思ったのがこの時期。

(*2)関西日仏会館がバックアップしたダンスの交流プロジェクトMATOMAのこと。名前の挙がっている踊り手を含め、関西の蒼々たる顔ぶれが集まり、振付家、スーザン・バージの下で作品を制作し、日本とフランスで公演を行った。スーザン・バージは、60年代から70年代にかけて、アメリカで行われていた実験的なダンス、パフォーマンスの試みの一翼を担う人物。その後フランスで活動。

(*3)1990年代半ばに、フランスで活躍するダンサーたちが、いわゆるアーティスト・イン・レジデンスというかたちでヴィラ九条山に次々と送り込まれ、クリエイション系のワークショップ、ショウイングなどを行った時期がある。ここで名前の挙がった2人の他には、ジョセフ・ナジ、カンパニー・ファトミ・ラムルー、ミッシェル・ケレメニスなど。並行して始まったゲーテ・インスティテュートでの同様の交流事業と併せて、ジャンルやカンパニーの枠を越えて、関西のダンサーが集まる場を提供した。





 


 
  右:そもそものはじまり「ロリータ・プロジェクト」とサンチャゴとの共同製作『Les Marelles』のチラシdesigned by Mariko Fukushima左:先月行われたモノクロームとディディエの共同製作『ディディエ・テロンの世界』のチラシdesigned by Toshihir Shimizu
 

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