
日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物 |
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+金粉ショー事始めみたいなお話って、あるのでしょうか?
大谷:金粉ショー自体の歴史っていうのはわからないです。これは調べないとわからないんだけど、恐らく日本で、モダンダンスの菊地という人がやっていたという話があって、それは上半身だけだったらしいんですよ。
竹ち代:下はどうしていたんでしょうね。
大谷:下はね、なんか金のタイツ穿いていたとかなんとか。
竹ち代:余計やらしい、それ。(笑)
大谷:だから、全身でやったのは舞踏が初めてだとして、あと、当時は映画の007シリーズがすごく流行っていて、その中に『ゴールドフィンガー』っていうのがあったりしました。なんか金粉塗って女の人を殺すという、金粉殺人事件。それがすごくヒットしてて、金粉を塗ったら死ぬという神話が生まれたくらい。だから「金粉をやってます」と言うと、「大丈夫ですか?」って。(笑)
+わたしもそれ、聞きました。
大谷:実際死んだという事例を聞くんよね。海外でとか。ほんまかなって思うんやけど。
+ということは、舞踏以外の方も踊る出し物として、金粉ショーがあった可能性も。
大谷:僕は実際に知らないけれどあったかも知れないですね。体に金粉を塗って何かやるというのは。ただ振り付けとしてかちっとしたものをつくって、ショーの出し物として路線にしていたのは舞踏の人ですね。「動く彫刻」みたいな感じで。
+竹ち代さんが金粉ショーに出会われたのは?
竹ち代:僕は12年前くらい。まだ舞踏をやっていて、京都に白虎社というカンパニーがあった頃。あそこは金粉を、2人でいくら、5人でいくらっていうパッケージ売りの出前をしていて、初めはどこでやったかな。2回目は京都の北山通りに面した植物園前のところ。
+あんなところでやっていいんですか?
竹ち代:なんかのイベントだったと思います。勝手にやってるんじゃなくて。金粉塗って、人魚みたいな魚の尾っぽみたいな作り物に人が入ってて、それを台に乗せてがらがらーっと押して出てきて、わりと大がかりな。だから、僕はキャバレーで金粉を見ていないんですね。当時はもう白虎社だけ、しかもそういうイベント的なところでしかやっていない。
大谷:白虎社が始めたのは、もうかなりキャバレーでやるのがダメになってきていた時ですね。
竹ち代:うん。だから白虎社はテレビに出演したりとか。
+わたしはメトロで見たことが1度だけあって、だから終電がなくなってから見れる危ないものという印象があるのですが、表現に対する検閲などは…。
大谷:そんなんないですよ。あれは別にいけないことは何もないじゃないですか。要するにツンというのを着けてるわけだから。それをとると猥褻物になったりしますけれどね。ただ、後にキャバレーがなくなってくると、結構ストリップ劇場での仕事が増えてきて、そこでは僕らはストリッパーとは違う扱いなんで脱がなくてもいいんですけれど、舞台に入る一瞬、ツンをぱっととらなくちゃいけないんですね。男はそれをぱっと後ろに挟んで踊ったりするんですけれど、これなんかは定期的に検閲が入るんで、うちのメンバーも捕まった人とかいますよ。運悪くね、一年に一回くらい入るから。
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